1・2世紀の九州では重さ2、3キロの銅矛が400本以上つくられました。
一方、近畿では40キロ以上の大型の銅鐸がつくられました。
注目すべきは、銅矛は実戦用の武器ではなく、銅鐸も楽器として機能してはいなかったということです。
57年、倭人は後漢に使いを出して「金印」を下賜され、107年には生口160人をおくったと記されています。1・2世紀の青銅器とはいったい何だったのか。この難問について一緒に考えましょう。
- 講 師 福岡大学人文学部 非常勤講師 常松 幹雄 氏
- 日 時 11月12日(火) 18:00〜20:00
- 場 所 The Celts 福岡市中央区警固1-1-23 ☎092-714-0112
- 参加費 1,500円(1ドリンク付)
The Celts博多塾
koyo@celts.co.jp(山本)